戦国武将の相続・成功例 毛利元就、徳川家康、織田信雄

毛利元就肖像画

戦国時代の「相続」とは「家」を継ぐこと。

現代のように金銭や土地などの財産だけではなく、家長たる地位やそれに伴う家風や文化を受け継ぐことを意味しました。

戦国乱世の当時、相続制度が確立されておらず、強い者や優秀な者が相続する風潮の中、当事者、親族、家臣までもが巻き込まれる「お家騒動」が起きることも少なくなかったのです。実際に相続の失敗によって家を潰した大名も少なくありません。

そんな中、今回は相続を成功させた事例として3名の武将をご紹介しましょう。

 

 

【毛利元就:細心の相続準備】

安芸国から中国地方全域を統一したことで知られる戦国武将・毛利元就。

一本なら折れてしまう矢も三本なら折れないのだと、3人の息子たちの結束を訴えた「三本の矢」の逸話で有名です。

実はこの話は創作で、1557年に60歳を超えていた元就が書いた『三子教訓状』という3mにも及ぶ現存の直筆書状がオリジナルだと言われています。

  • 兄弟が協力して毛利家を末永く存続させよ
  • 3人の誰が欠けても毛利家は滅ぶ
  • 養子に行き他家を継ぐ元春・隆景も毛利家あってこその待遇であることを忘れるな
  • 隆元は元春と隆景を頼り、元春と隆景は隆元に従え

これらの内容を盛り込んだ元就の書状は、毛利家の公式文書であり、ただの教訓以上の効力がありました。

長男・毛利隆元は、毛利宗家を継承。

次男・吉川元春は吉川家の養子となり家督を相続、三男の小早川隆景も小早川家の養子となって家を継ぎ、彼らは元就死後もそれぞれの立場から毛利家を盛り立てる「毛利両川体制」を実現したのです。

そのおかげで上記3人を含め計10名以上いた息子たちも、大きな争いもなく毛利家の盤石体制に貢献。

元就の願い通り長く続いた毛利家は、江戸時代を経て、現代に至ります。

 

 

【徳川家康:次の時代へ先読み体制】

約260年間に渡り江戸時代を統治した徳川将軍家。

その創始者である徳川家康も、単なる相続対策以上の体制作りを行っています。

1605年に2代目の秀忠に将軍職を譲りながらも、家康は大御所として政治に関与しました。息子・秀忠の跡継ぎには、親から寵愛されていた3男ではなく、嫡子の家光を選ぶよう秀忠に命じた家康。

江戸時代には兄弟で争うことがないよう「嫡子だけによる家督相続」が定められましたが、家康は自らこのように前例を作り、跡目争いが起きて徳川家の基盤が崩れることを防いでいます。

平和な時代には、個人の能力よりも混乱を避けるため秩序や順序を優先することが大切ということです。そのために儒学の奨励も行いました。さすが、時代の先まで見据えています。

さらに用意周到な家康は、尾張藩、紀州藩、水戸藩に親藩(徳川家の親戚)を置き、直系子孫が途絶えたときには、その藩から跡継ぎを出す体制「御三家」を構築。

実際に7代将軍家継が8歳で死去したため宗家は断絶、紀州家から8代将軍吉宗が迎えられました。

家康が作った相続の指針によって家と統治基盤を守った徳川家は、歴史上、稀にみる長期政権を維持し、家系を現代にまで続けているのです。

 

 

【織田信雄:意外な相続成功の形】

織田信雄は、天下人・織田信長の次男です。

織田家は本能寺の変で織田信長と嫡男の信忠を亡くしてしまい、信雄も後継者の一人と目されましたが、その後の家督継承は順調には行かず、清須会議などを経て、まだ幼い嫡孫の三法師が織田家当主の座を継ぐことになります。

結局、信雄は織田宗家を継げず、豊臣政権下では、改易を2度も経験した「失敗大名」でした。

しかし、見方を変えれば、数多い信長の息子たちのうちで唯一「大名家として明治の廃藩置県まで家を存続させる」ことになる「成功大名」となった人物です。

その秘訣はおそらく彼が生前に相続対策(生前贈与)をきちんと行っていたことです。

4男・信良には上野小幡藩を分知し、自らは京で隠居生活を楽しみました。

また、死後には自分の隠居生活の基盤だった大和国宇陀郡の領地を5男・高長に相続させています。

途中転封や家格が下がることはありましたが、身内で大きく争うことのなかった彼の子孫たちは、大名家・旗本として血統を残し、彼の娘の系統はなんと現代の皇室にも繋がっています。

 

 

【まとめ】

上記3氏はいずれも現代にまでその子孫を残しました。

長くその家を存続させることができたのは、身内同士の争いが起きないよう相続についてきちんと準備をし、混乱を次の世代に連鎖させなかったことが大きな理由と言えそうです。

このことは現代にも当てはまります。時代は変わっても人間の本質は同じということでしょうか。

 

2020年11月

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